
2011年7月16日土曜日、世田谷花市場にて復興支援「花の力 for Japan」というイベントが開催されました。
普天間かおりさんのライブと5人のフラワーアーティストによる競演です。3連休初日ともあり車の渋滞に巻き込まれ到着が遅れてしまいましたが、約2時間たっぷりとアーティストのステージを楽しみました。出演されたデザイナーたちはSoHyng Ohさん、Choi sung-Boukさん、Hans damenさん、Nicolai Bergmannさん、Katrine Pedau Hiraiさんです。
今回特に私の目をとらえたのはKatrine Pedau Hiraiさんです。一昨年ジャパンンカップを制した平井氏の奥様。エストニアのご出身でもちろんマスターフローリスト。すばらしいテクニックで作りあげるブーケはどのデザインも斬新。フィニッシュもとても美しく、ブリティシュやダッチのデザイナーたちとはまた違う感覚。コマーシャル的ビジネスを横においた、ずばり「彼女自身」が出ていたのです。
ステージ以外の場所ではナイトマルシェがあり、東北地方から様々なテナントが出展されておりました。又花をパーティ仕様に髪飾りにしてしまうアーティストのコーナーもあり、会場には大きな髪飾りを付けたお嬢様たちを沢山見られました。最後には花オークションが始まり、超お得パッケージとなった花のセリは大盛況!
楽しい真夏の花イベントでした。完全復興までは遠い道のり、少しの力を合わせて長く皆さんで支援協力してゆきたいものです。
2011年3月11日(金)東北、宮城沖で発生した大地震と巨大津波での災害で, 沢山の方の命が奪われ心痛む被災となってしまいました。被災された皆さまへは心よりお悔やみ申し上げますとともに今現在避難生活を送られている皆さまは、どうか希望を持ち続けお互いに励まし合いながら今の状況をご辛抱下さい。東京事務所へも世界の方がたから沢山の応援のメッセージを頂戴しております。
仙台出身の卒業生も無事は確認できたものの、避難所で寒さと食糧の不足、いまだに続く余震の不安などメールで連絡が来ました。携帯電話は地震発生直後から不通。一般電話もなかなかかかりにくく、唯一の手掛かりはインターネットでした。なんともはがゆい思いです。
FDBでは学費の一部を被災者の方の寄付に充てることにいたしました。優しい思いやりに感謝いたします。
フラワーデザイン・オブ・ブリテン東京事務所
日高ちひろ
5節句 お決まりの花や植物が生け花の世界にはあります。昔は旧暦でしたので季節のずれが察しられます。
正月
松、梅、水仙、金盞花、シダ、つはぶき、柳、藪柑子(やぶこうじ)、福寿草、白梅、竹、仙蓼(せんりょう)、長春(ばら)
上巳 3月桃の節句
柳、桃、ふきのとう、山吹、桜
端午 5月
花菖蒲、竹、石竹(カーネーション、撫子)、菖蒲、ヨモギ、柏
七夕 7月
仙扇花、桔梗、梶木、刈萱(かるかや)、朝顔、女郎花、竹
重陽 9月
菊、萩、鶏頭
ロンドンはもう最低気温が5度、最高気温が15度程度となっています。お出かけの方はしっかりと防寒の用意をしてください。現地からのレポートも入れるつもりです。お楽しみに!さて私はもうひと頑張り。ミッシェランの星を探してみる事にします。(w)
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古代より花を愛で、文学、絵画、工芸、陶器などに描かれた花。仏教伝来の頃から始まった立華も江戸町人文化の発達とともに生花(せいか)という庶民向けスタイルへと変化がありました。時代を追ってどんな花が実際にいけられていたのでしょう。
江戸時代初期、立華はもともと公家や武家社会、また富のある商人などの間で用いられていたもの。大きな壺に10種類ほどの花を組み合わせて縦型にアレンジする方法でした。それらの花は、当時花の名人とされる同朋衆や僧侶(池坊)などによる伝書より見られます。
梅、杜若、菊、河骨(こうほね)、水仙、椿、藤、水葵、桃、柳、桜、蓮、花菖蒲、松、木瓜(ぼけ)など、やはり枝物が多いような気がします。
南北朝時代(1336-1392 室町時代の初期)には、中国の禅僧たちにより水墨の花鳥図がもたらされました。室町時代(1336-1573)には彩色花鳥画も摂取され、伝統的な大和絵系の四季草花や漢画系の花卉図の制作が盛んとなりました。屏風には春から始まる季節の花が描かれ、四季の移り変わりを楽しんでいた様子です。登場する花は
春: 梅、桜、柳、藤、躑躅(ツツジ)、こぶし、アケビ、山吹、スミレ、タンポポ、蕨、つくし
夏: 牡丹、紫陽花、杜若、蓮、芍薬、百合、立葵、向日葵、朝顔、昼顔、秋の萩、蔦(つた)
秋: 紅葉した楓、薄、撫子、女郎花、藤袴、桔梗、菊、鶏頭
冬: 藪柑子(やぶこうじ)、水仙、福寿草
花は古典文学にも沢山の華を添えていました。
室町時代の「伊勢物語」、在原業平の恋愛や交友、流浪や遊興などの場面では、杜若、橘、桜、藤、菊などが登場。
平安時代の「源氏物語」、「夕顔」「藤袴」「紅梅」など花の名前がつく帖や「野分」にあるように草花をあしらった場面
「枕草子」の壺に桜
「古今和歌集」梅、桜、菊、女郎花
平安時代以降、詩歌は上流階級に求められた最大の教養であり、多くの歌が季語とともに残さました。特に古今和歌集は、花の名前を出さずに花を推測できるような歌を詠む知的遊戯でありました。物語に添えられる花の絵は大変すばらしく描かれております。
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フラワーデザイン・オブ・ブリテン ロンドンクラス2010
開催日時 2010年10月28日 - 31日(4日間)
場所 ロンドン ハマースミス
費用 680ポンド
いつのころから私たち祖先は花を愛でるようになったのでしょう。日本人と花の係わりの始まりを探ってみようと思いました。
花は実りの先触れを意味したもので、繁栄や豊穣を象徴するもの。美しく華やかではあるが短命のため無常と捉えられました。「さくら」「さ」は民俗学では穀霊、「くら」は座の意。穀霊の依代(よりしろ) 春を迎え桜の咲き具合を見る花見は秋の稔を占う呪農行事だったのですね。
花を飾る習慣は538年仏教の伝来により、仏前供華(くげ)として花は仏の依代(よりしろ)として始まったようです。752年奈良大仏の開眼供養の供華や1164年平家一門の安芸の厳島神社での「平家納経」の供華図などが残っています。供華は多種類の花をまっすぐに立てる形だったそうです。しかしこのような大きな花を立て祭るのはやはり公家や将軍家、武士など財力のある領家に限られていたようです。
明治政府により太陽暦が採用されたため、現在では8月のお盆を月遅れ盆、旧盆と呼んでいます。尚、旧暦(陰暦)によるお盆は7月15日現在の8月8日頃に当たります。東京は8月13日から16日頃まではお盆休みとなり、オフィス街は人が極端に少なくなります。